先日の「春の収穫祭」で、子どもたちの目がキラキラしていたのを、まだ鮮明に覚えています。

たくさんのトマトの中から、食べごろのものを探して、自分で取って、自分で食べる。そんな経験に大はしゃぎしていた子どもたちの姿がありました。

このトマトを育てているのが、石原農園の石原宏紀さんです。

医薬品仲卸会社の営業マンとして7年。そこから直接家業に戻るのではなく、仲卸の「カネ井青果」で1年間の修行を経て、実家の農園を継ぎました。今ではスタッフ20名、複数のハウスを構える二代目農家として活躍しています。

なぜ、実家のトマト農家を継ごうと思ったのか。石原さんに話を聞いてきました。

「春の収穫祭」でトマトを収穫する子ども
「春の収穫祭」でトマトを収穫する子ども

当たり前だった、農業がすぐそばにある暮らし

「子どもの時は、これが当たり前だと思ってたので、特に深く考えることはなかったんです。ただ、高校・大学と自分が成長する中で、休みも少ないし収入も不安定だし、大変な仕事なんだろうなってすごい感じてましたね」

それでも石原さんの中にある子どもの頃の記憶は、楽しい毎日の生活だったといいます

「遠出をして旅行に行った記憶はないけど、それでも収穫を手伝ったり畑で土いじりをしたり、たまに穴を掘っていたずらをしたり、家族で毎日楽しく過ごしていたなあと感じています」

そんな石原さんは、親から「継いでほしい」と言われたことは、一度もなかったそうです。

サラリーマンをやっていく中で、芽生えた思い

大学卒業後、石原さんが選んだのは医薬品仲卸会社の営業でした。

「営業は楽しかったですね。努力が実ると嬉しいし、お客さんに喜んでもらえるのも嬉しい。最後の最後まで楽しくて、むしろ辞める時が一番辛かったくらいです」

それでも、サラリーマンとして働く中で「もっと自立して、自分で事業をやりたい」という思いが芽生えていきました。真っ先に頭に浮かんだのは、やっぱり実家の農家だったといいます。

一見、正反対に思える営業と農業。でも石原さんは、そこに大きな違いを感じていません。

「目的があって、そのためにやらなきゃいけないことがある。そして、それが達成できた時は嬉しい、という気持ちは営業も農業も変わらない。お客さんに製品を買ってもらいたいなと思う営業の時の気持ちと、今、美味しいトマトを作ってお客さんに喜んでもらいたいなと思う気持ちは、今も昔も一緒だなって思ってます」

あえて家業に戻らず、仲卸で1年間の修行

農家を継ぐと決めたとき、石原さんはまっすぐ実家の農園に戻りませんでした。選んだのは、仲卸「カネ井青果」での1年間の修行です。

「栽培技術は農業をやっているうちに覚えられるけど、流通の話はなかなか農家になってしまうとわからない。せっかくなら1年間だけ働いてみるのはどうかと、父親からの提案でした」

流通の側から見た経験は、今の石原さんの土台になっています。

自分たちが作っている野菜がどう市場に評価されているのか。その基準がわかるようになったのは、仲卸で働かせてもらって一番良かったことで、そんな貴重な経験をさせていただいたカネ井青果さんには本当に感謝しています」

石原農園のトマトハウス
石原農園のトマトハウス

二代目として、変えたこと・変えなかったこと

その後、トマト農家を継いでまず取り組んだのは、スタッフさんたちの働く環境でした。農業は大変というイメージを変えていきたい、スタッフの皆さんには楽しく一緒に働いて欲しいと思う気持ちが強くあったとのことです。

一方で、変えなかったものもあります。

「お客さんに喜んでもらいたいっていう思いで作っている、ということは、父親の代からずっと続けてきたことなので、そこだけは絶対に変えたくないなと思いました」

新しいハウスを建て、規模拡大にも早くから踏み切りました。それは自分が継いだトマト農家を一生かけてやっていくという決意の表れでもありました。

「父親が30年以上作ってきたハウスを、今後は自分があと30年とやっていこうと思った時に、どこかで大きな投資をしないといけないタイミングがあるはず。だったら早い方がいいかなと」

「農業をしている中で一番大事なのは、ずっとできるかっていうことだと僕は思っています。自分にプレッシャーを一番かけてますね」

収穫祭で見つけた、うれしい発見

先日の「春の収穫祭」を振り返って、石原さんはこう話してくれました。

「個人的には、いいものを作ることに集中したいと思っています。農家は美味しい野菜を作ることが仕事なので、それを真面目にやっていきたいなと。ただ、あの日は、自分からすると当たり前の環境で、こんなに喜んでもらえるんだと気づきました。また、石原農園のトマトを美味しいなと思って、選んで買ってもらえるのは、すごく有難いことだなとも感じました」

春の収穫祭ートマトハウスが、はしまの『ひろば』になった日
ACTIVITY No.02 / REPORT

春の収穫祭ートマトハウスが、はしまの『ひろば』になった日

「外に出る」も「地元に残る」も、正解はないけれど

製薬会社時代に地元の外の世界で働き、いまは羽島で働く。両方を経験した石原さんに、どちらが良いか、聞いてみました。

「もちろん正解は人それぞれにあると思っていますが、僕は断然、地元・羽島です。住み慣れた環境で、子どもの頃によく走り回っていた道や風景の中でずっといられることや、友達や家族が近くにいるっていうのは、すごく幸せなことです」

また、最後に、これからについて尋ねると、こう答えてくれました。

「正直に言うと、大変なことも多いです。でも、それはどんな仕事でも同じだと思っていて。ただ、農業は楽しいですよ。美味しいトマトをしっかり出荷できたとき、お客さんから『美味しかったよ』とか、販売店さんから『人気あるよ』って言ってもらえた時は、すごくやりがいを感じます。スタッフも増えてきたので、みんなが楽しそうに働いている姿を見られるのも、うれしいですね。これからも、今いるスタッフたちと楽しく農業を続けていきたいと思っています。また、石原農園に関わってくれている販売店さんにも貢献したいですし、お客さんにももっと満足してもらえるように頑張っていきたいなと思っています」

石原農園近くの風景
石原農園近くの風景

この秋は、さつま芋掘りイベントを

取材を終えて、あらためて思います。石原さんの話には、「農業だから」という特別さがほとんど出てきませんでした。目の前の人に喜んでもらうために、まっすぐ働く。そのシンプルな姿勢が、羽島の農業をこれからも面白くしていくのだと思います。

この秋には、石原農園さんに改めてご協力いただき、さつま芋掘りイベントを予定しています。石原さんが語ってくれた「楽しい農業」を、少しだけ体験できる日になるはずです。ぜひ、親子で参加してみてください。

問い合わせはこちら
橘 夏希 2026年7月